[Diary] ドレスと涙
ラッシュアワー直前のまだ人が少ない電車の中、私は3人がけシートの端っこに座っていました。
すると途中の駅で一人の女性が乗ってきました。年齢は20代前半から半ばぐらいでしょうか。美容院でセットされたと思われる綺麗にまとまった髪。自然ながらもきりりとしたメイク。露出した肩に薄く影を落とす半透明のショール。薄いブルーの涼しげで艶やかなドレス。そしてホテルの名前が入った紙袋。恐らく結婚式帰りだったのでしょう。そんな女性が少し疲れたような表情を浮かべ、私の隣に座りました。
その女性は暫くの間、紙袋から取り出した小さいながらも少々分厚い冊子を眺めていました。最近よく見かけるカタログギフトの類だったと思います。「最近ああいう引き出物も多いよな」なんて思っていたのも束の間、よほど疲れていたんでしょうかその女性、こくこくと居眠りを始めたんです。男性に比べ女性はああいう場への準備って時間がかかるのは容易に想像できますし、彼女も例外ではなかったのでしょう。大変だなと思いつつ、私は暫く自分の携帯電話とにらめっこしていました。
すると3つほど駅を過ぎた頃でしょうか。突然自分のものとは違う重力を肩に感じました。と同時に、何やら覚えのある香りが私の鼻をくすぐりました。恐らくカルバン・クラインのエタニティだったと思います。過去に自分が使っていた香水だったので懐かしいなと思いつつふと横を見ると、なんと女性が私の肩にもたれかかってきたんです。ただ、電車の中で眠っている人が隣の人の肩にもたれかかってくるなんて割とありふれた話なので、最初のうちは私もそれほど意識はしていませんでした。ところが暫くするうちに、そんな悠長な気分も徐々に薄れていきました。
最初はもたれかかってきてはすぐ元の体勢に戻るというくり返しだったんですが、時間が経つに連れてその女性が段々ともたれかかってくる時間が長くなり、とうとう完全に私にもたれたままの状態になったんです。まだこの時点では私は少々困りつつも、その幸運がかった状況に甘んじようと考えていたりするような余裕があったんですが、遂にはその女性が私の腕に絡んできたんです。流石にこれはまずいと思い、その女性を起こそうと彼女の肩を叩こうとした瞬間、私はその手を止めました。
彼女、メイクが崩れるほど泣いていたんです。
私はその時、彼女の涙の理由をあれこれ想像しました。恐らく出席した式で何かあったのかも知れません。昔好きだった人の式に、色んな気持ちのまま立ち会ったのかも知れません。真実は彼女の内にしか存在しませんが、遠い過去に同じような状況で同じように人の腕にしがみつき、涙を流した自分自身を目の前で眠りながら嗚咽を漏らす彼女に投影してしまい、何も言えなくなってしまいました。そして色々考えた結果、自分の中で出した結論は、「自分が駅を降りるまでこのままでいよう」でした。そうすることで彼女が救われるかどうかはわかりません。単に私自身の自己満足だったのだと思います。私にとっては長くも短くもあった15分でした。
そして私が降りる駅が近づき、彼女とのお別れの時間がやってきました。私は軽く彼女の肩を叩いて起こしました。少し肩をびくんと揺らした彼女は最初、何が起きたのか理解できなかったみたいでしたが、時間が経つに連れ状況を把握したのでしょう。崩れたメイクを指先で気にしながらも耳まで真っ赤にし、おどおどしながら私に謝ってきました。そんな彼女の可愛らしくも微笑ましい姿に、なんだかこちらが救われた気がしました。
そして車内に駅到着のアナウンスが響き始めた頃、私は彼女に「何があったんか知らんけど、きっと大丈夫。頑張りや」と伝えると、彼女は明るい笑顔で一言「ありがとうございます」と返してくれました。それと同時に電車は駅に到着。私はそれじゃと電車を降りました。そして電車の扉が閉まり動き出す音を背に、「まあ、こういうのもアリかな」と少し微笑みを浮かべ、ちょっとした自画自賛モードに浸っていたのも束の間。
振り向くと後ろに彼女が立っていました。降りる駅が同じだなんて予想外の展開でした。
さっきまで自己陶酔していた自分を思い出し、今度はこっちが赤面しました。どうやら彼女もその一部始終を見ていたらしく、そんな私の姿を見た彼女はあどけない表情で笑ってくれました。
最後の最後で締まらないなぁと自分自身の情け無い姿に軽く凹みつつも、彼女の笑顔を見ることができたんだから結果オーライかなと思えたある日の夕方の事でした。
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生憎それはなかったですねぇw